大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(う)2428号 判決 1960年7月21日

控訴人 被告人 土田亥三美

弁護人 佐野豊

検察官 岸川敬喜

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐野豊及び被告人がそれぞれ差し出した各控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、いずれもこれを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点について、

所論は、原判決は、原判示各事実認定の証拠として、古荘隆一の検察官に対する供述調書を採用しているが、その供述者である古荘隆一は、原審第三回ないし第六回、第八回及び第九回公判期日にそれぞれ証人として召喚状又は勾引状を発付せられながら、何ら特別の理由がないのに、召喚に応じないか又は勾引状の執行を不能ならしめて出頭しないまま、昭和三四年一月二日頃渡米し、よつて被告人の反対尋問権の行使を不可能ならしめたものであつて、右は、私人の行為ではあるが、不作為による反対尋問権の侵害であり、公序良俗に反するものであるから、原判決には、被告人の証人に対する反対尋問権を確保した憲法第三七条第二項に違反した違法があるというのであるが、

記録によれば、古荘隆一は昭和三四年一月二日頃渡米し、その帰国の日時が不明であることが明らかであるところ、憲法第三七条第二項は、裁判所が職権又は訴訟当事者の請求によつて喚問したすべての証人に対して、被告人に反対尋問の機会を十分に与えなければならないことを規定しただけのものであつて、被告人に反対尋問の機会を与えない証人その他の者(被告人を除く。)の供述を録取した書類は絶対に証拠とすることが許されないという意味までをも含むものではなく(昭和二三年(れ)第八三三号昭和二四年五月一八日最高裁判所大法廷判決、最高裁判所判例集第三巻第六号第七八九頁以下、昭和二三年(れ)第一〇六九号昭和二五年九月二七日同裁判所大法廷判決、同判例集第四巻第九号第一七七四頁以下、昭和二五年(し)第一六号同年一〇月四日同裁判所大法廷決定、同判例集第四巻第一〇号第一八六六頁以下参照)、被告人に反対尋問の機会を与えていない証人その他の者(被告人を除く。)の供述またはその供述を録取した書類であつても、現にやむをえない事由があつて、その供述者を裁判所において尋問することが妨げられ、これがため被告人に反対尋問の機会を与えることができないような場合にあつては、これを裁判上証拠とすることができるものと解したからといつて、必らずしも右憲法の規定に背反するものではなく、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号が、検察官の面前における被告人以外の者の供述を録取した書面について、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため、公判準備若しくは公判期日において供述することができないときは、これを証拠とすることができる旨を規定し、その供述について既に被告人のために反対尋問の機会が与えられたか否かを問わないものとしているのも全く右と同一の見地に立つた立法というべきであり、なお右規定が「供述者が……供述することができないとき」として掲記している事由は、その供述者を裁判所において証人として尋問することを妨げるべき障碍事由を例示したものに過ぎないものと解すべきであるから、これと同様又はそれ以上の事由が存する場合には、右規定所定の書面に証拠能力を認めることを妨げるものではなく、従つて供述者が証人として裁判所に喚問されながら証言を拒絶した場合であつても、その者の検察官の面前における供述を録取した書面を証拠とすることを妨げないものというべきである。(昭和二五年(あ)第二三五七号昭和二七年四月九日最高裁判所大法廷判決、最高裁判所判例集第六巻第四号第五八四頁以下参照。)このように刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の規定が、供述者が裁判所に喚問されながら証言を拒絶した場合をも含むものとすれば、供述者が国外にいる場合における右規定の適用に当つては、供述者が、公判準備若しくは公判期日に証人として喚問された当時、たまたま国外にいたとしても、近く帰国する予定であることが判つており、その帰国を待つて改めて証人として喚問しても、そのため著しく訴訟手続の進行を阻害することはないと認められる場合は格別であるが、そのような特別の事情がない限り、供述者が国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができない事実があれば十分であり、その供述者が「国外にいる」ようになつた事情の如何を問題にする余地はないものと解すべきであるから、供述者である古荘隆一が渡米し、その帰国の日時が不明である本件においては原判決が、供述者である古荘隆一が国外にいることを理由として、同人の検察官に対する供述調書を原判示各事実の証拠に採用したことは相当であつて、所論のように右古荘隆一が再三再四原審公判期日に証人として召喚状又は勾引状を発付されながら、何ら特別の理由がないのに、召喚に応じないか又は勾引状の執行を不能ならしめて出頭しないまま渡米してしまつたとしても、このことのために原審の右訴訟手続が憲法第三七条第二項に違反する違法があつたとはいえないから、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 井上文夫 判事 久永正勝 判事 河本文夫)

弁護人佐野豊の控訴趣意

第一点原判決は憲法第三十七条第二項に違反する判決で破棄相当である。

一、原判決は「被告人は(中略)昭和三十二年二月十二日頃加藤某外二名の男を連れて、コックドールに乗り込み、古荘隆一に対し「お前の方で融資をしてくれるというから俺の方では先日附小切手を出してしまつたんだそれをどうしてくれる」「千葉銀行へも若い衆をつれて行つたんだが、この若い衆の面倒を見ねばならんのだどうしてくれる」旨等申向けて同人の不信を難詰すると共に暗に金員を要求し、右古荘をして若し被告人の要求に応じないときは自己の身体に如何なる危害を加えられ、又はコックドールの営業を妨害されるやも図り難い旨感得せしめて脅迫し因つて同人をして同月十三日頃前同所に於て、前記加藤某に対し現金五万円を交付せしめてこれを喝取し、更に同月中旬頃(中略)前示の如く同人が被告人に対し畏怖の念を懐いているのに乗じ同月二十四日頃前同所に於て同人に対し「実は他人から借りた五万円の金を返すのに今二万円借りて来たが、あと三万円ほしいから作つてくれ」との旨申向けて金員を要求し同人をして前同様感得せしめて脅迫し金員を喝取しようとしたが警察官に逮捕されたため、その目的を遂げなかつた」と判示しその証拠として古荘隆一の検察官に対する供述調書を掲げている。

二、ところで、右供述調書は原審に於て昭和三十四年二月二十七日第十一回公判期日に証拠調せられているものであるが右供述調書が証拠調せられるに至つた経過を一件記録に基いてみると供述者古荘隆一は昭和三十三年九月十六日の第三回公判期日以来同月二十五日の第四回公判期日同月三十日の第五回公判期日同年十月十八日の第六回公判期日同年十二月九日の第八回公判期日昭和三十四年一月三十日の第九回公判期日に夫々証人として召喚或いは勾引状を発せられながら何等特別の理由を届出ることなく出頭せず裁判所書記官鈴木孝一の管理人鈴木優に対する電話聴取書によれば右古荘は昭和三十三年九月十六日の公判期日には当日朝証人召喚状を持つたまま外出して行先不明(記録第53丁)同月二十五日には「二、三日前より日光方面に行き帰宅せず」(記録第55丁)同月三十日には「二十九日午後四時頃外出先不明帰宅時間不明(記録第57丁)昭和三十四年一月三十日には本年一月二日頃渡米し、帰日については何も聞いていない」(記録第66丁)というのであつて、しかもその間昭和三十三年九月十九日、同月二十五日、同年十月九日の三回に亘つて勾引状が発せられたが何れも執行不能に終つているのである。これらは何れもいわゆる裁判所に顕著な事実であつて証明を要しないのであるが、右の事実は古荘が故意に本件について裁判所に出頭して証言することを避け、よつて被告人の反対尋問権の行使を不可能ならしめたものと解せざるを得ないのであつて不作為に基く反対尋問権の侵害であり公序良俗に反するものである。

三、憲法第三十七条第二項の保障する被告人の証人審問権は反対尋問権を意味し、基本的人権と解すべきこと通説であり、他の憲法上の基本的人権と同様一般的には刑事被告人の国家に対する権利としての性質をもつから私人相互間においては当然には妥当しないこと勿論である。しかし憲法が被告人の反対尋問権を基本的人権として保障したことはこの権利が不当に侵害されないことを以つて、国家の公の秩序を構成することを意味するから何等の合理的理由なしに不当にこの権利を侵害することは、いわゆる公序良俗違反の問題を生ずることがあり得ると考えなくてはならない(註解日本国憲法上巻=二九九頁、六四七頁以下参照)。しかして右の意味における私人による反対尋問権の侵害は作為に限らず不作為によつても亦可能であるから、この意味で前記古荘の行為が公序良俗違反に該当することは当然である。

四、ところが同条の規定する「証人に対して審問する機会を十分に与えられ」とは、前記の如き私人の公序良俗違反の行為によつて、この権利が侵害された際においてもこれによつて刑事被告人が国家によつて不利益な取扱いを受けることがないという点をも保証しているものと解しなければならない。そうでないと本件の如く数度公判期日に召喚を受けながら特別の理由を届出ることなく出頭しない証人が、その後突然国外に出ていつてしまつた場合には被告人は刑事訴訟法第三二一条各号の規定により常に不利益な取扱いを受けることとなり不当である。私人は国家の一員として公民的義務をつくすべきこと当然であるが、この義務違反が何等の刑罰法規に触れない場合においても国家は義務の履行を各人の公民的良識に期待しているのであるから反面直接の利害関係を有する他の私人の権利の保障についても亦十分に細心でなければならないであろう。証人と刑事被告人との関係がまさに斯様な関係に立つものであることは多言を要しないところであつて、憲法第三十七条第二項はこの意味においても被告人の反対尋問権を保障しているものと解しなければならない。

(その他の控訴理由は省略する。)

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